2022年10月28日

長崎慕情4

 市電のガタゴト音が耳元で響く感覚がしてベッドから飛び起きた。チェックアウトは11時とホテルの表記にあるが、不思議なことに9時を過ぎると清掃員が廊下を走り出し、私の部屋以外は全て扉が開放されている。こうなると尻に火が着くような妙な焦燥感が醸し出され、10時になるとチェックアウトしたくなる。ビジネスホテルの宿命だろうか。五島町電停から市電に乗り込み、大浦天主堂駅を目指す。20年以上前に一度来ているはずであるが、全く記憶がない。駅からしばらく歩くと軍艦島ミュージアムとあり、昨日ホテルでもらった全国旅行支援の金券でタダ入館した。国費で遊ぶのは楽しいものである。

 軍艦島とは長崎にある小さな島で、正式には端島と呼ばれている。長さ300メートル、幅100メートル程度の絶海の孤島であるが、良質な石炭が産出されるとかで三菱の岩崎が買い取り、採掘を始めたらしい。もちろんそんな岩山では不便なので、岩山の周囲にグルリと堤防を造り、そこを埋め立てて平地を造成、船も接岸できて人も住める町にしたそうだ。その形が軍艦そっくりなので軍艦島と俗称されている。

 ミュージアムに入ると客は私一人で、軍艦島で生まれ育ったという学芸員のAさんが「私が詳しく説明しましょう」言うので専属プライベート説明員という贅沢な経験をさせてもらった。この島は台風の直撃が凄く、初期の頃は木造のバラックに炭鉱労働者が住んでいたが、暴風でことごとく破壊され、仕方なく日本初の鉄筋コンクリート高層アパートを建てたようだ。その造りは素晴らしく、とても100年も前のものとは思えない。
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 それでも経年劣化の波にはあらがえないようで、今は全体的に廃墟となっている。「どんな生活でしたか」Aさんに聞くと「緑が無い生活でした。仕方なく小学校の屋上に緑園を作りました。あと幼稚園も小学校も全て高層建築でエレベーターがないので階段を上るのが大変でした。でも楽しい生活でした。」この炭鉱の石炭はかなり良質だったため重宝されたが、度重なる坑道火災で海水が投入され、かなり長期間閉鉱を余儀なくされた。もちろん産出がないのに炭鉱夫に給料を払うほど会社は甘くなく、リストラにより島を離れる人々が相次いだ。それでも1970代まで普通の町として機能していた。今でもかなりの数の鮮明な動画が現存している。動画とAさんの説明を聞きながら当時の人々のささやかな庶民生活を垣間見ることができた。

 その後上の階に行くと現在の軍艦島をVRで体感できるとのこと。頭に網を被り、VRギアをセットして島のドローン映像を見た。コンクリートは雨水の浸潤で中のアルカリが抜けると鉄筋がさび、膨張して柱も梁も破断する。VRを見た限り建物のほぼすべてにその症状がみられ、徐々に崩壊に向かっているようだ。しかも基礎杭が露出してきており、こうなると建物全体が傾くか崩落するであろう。私が「これから建物の保存はどうするのか」聞くと「見える部分にはなるべく手を加えないで、露出した基礎杭は土を埋めて補強するなど地下部分のメンテをしていきます」とのこと。「今も島は三菱の所有ですか」聞くと「いえ、三菱は長崎県に無償譲渡しました」軍艦島行きの船は今日のところは無事出航し、客は島に上陸できたようだ。波が高ければ島は外から眺めるだけになる。私は次回の長崎旅行ではぜひ軍艦島に上陸しようと考えている。
posted by 渡邊政道 at 11:51| 日記

2022年10月24日

長崎慕情3

 長崎歴史文化博物館を後にした私は一旦ホテルにチェックインし、日が落ちるのを待った。窓から空を呆然と眺めていると、赤みがかった空がやがて薄墨を引いた様に薄暗くなり、星が瞬き始めた。そのくらいのタイミングでホテルを飛び出し、市電に乗り込む。しかし市電はいつ乗車しても酷い混雑で、乗り口が一番後方なのに降り口が前方なので毎回人をかき分ける苦労がついて回る。新地中華街駅で電車を降り、ドブ川沿いを歩くと北門が見えてきた。

 浜中華街、神戸中華街と制覇し、とうとう長崎まで来た。感慨無量で西浜通りを歩くが多くの店が閉まっている。コロナの影響もあるが、火曜日定休の店も多いようだ。仕方なく客が2〜3人しかいないかなり怪しい店に入った。中国人らしい女店員に固焼きソバを注文するが、出てきた品は餡の塩味がキツく、ベタベタして野菜のうまみがほとんどない。固焼きソバもパリパリ感がなく、古いのか変な匂いもする。一瞬どうしようか迷うが、仕方ないので我慢して全て平らげた。食後は嫌な感触と苦味が口に残る。長崎まで来てこんな酷いものを食べさせられるとは。これならリンガーハットにでも行けば良かったと後悔しきりである。

 一旦、新地中華街駅まで戻り、宝町駅で市電を降りた。海風が吹く中、長崎本線の高架をくぐり、浦上川を渡る橋に差し掛かる。見ると遠方に稲佐山が暗闇に黒々とそびえ立ち、頂上には赤く光る電波塔が屹立している。とにかくロープウェイ駅にたどり着かないとあそこには行けないとやや小走りに橋を渡りきった。

 ところがそこからの道がわからない。どう見ても住宅街なのである。とにかく歩き始め、古い住宅街に入り込んで行くが、家々の門灯は消えており、暗闇の道を足探りで歩く。夕餉の時刻なのかほのかに味噌汁の香りが漂い、居間から漏れる僅かな光が周囲を照らしていた。私は小走りをやめ、ゆったりした歩調で漆黒の町を散策する。このような旅もまた良いものだ。しばらく進むと二股が現れた。街灯が黄色い光を放ちながら二股の道の分岐点あたりを照らしている。それを見た瞬間、安部公房の「赤い糸」を思い出す。街灯の真下に佇む人が赤い糸でぐるぐる巻きになる不思議な小説であった。私も街灯下に佇むがもちろん赤い糸は巻き付かなかった。何となく拍子抜けしたが、あたりの暗さはさらに増し、自分がどこに居るのかわからなくなった。そんな時、家と家との間におぼろげに石段が見えた。私はそろそろと真っ暗な道を歩き、石段直下までたどり着く。どう見ても神社である。たしかロープウェイ駅は神社から出ていると聞いたので多分これであろうと見当をつけ、四つん這いになって石段を登る。相当登った所で平らになったので一気に走ると明るいロープウェイ駅に飛び出した。

 夜のロープウェイはなかなか幻想的だ。窓から見える地上の星々がキラキラ輝き、時折横切る連絡船の明かりは流れ星のように見える。終点からしばらく歩くと稲佐山の展望台に着いた。横を見るとアベックがしきりに記念写真を撮っている。確かにデートスポットとして最高かもしれない。私はそのままエレベータで展望台に上り、360度見渡す限りの長崎夜景を堪能した。
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 新・世界の三大夜景とか喧伝しているが、やはり香港には負ける気がする。コロナが落ち着いたら香港へ本場の中華を食べに行きたいものである。
posted by 渡邊政道 at 22:38| 日記

2022年10月20日

長崎慕情2

 約20年ぶりの長崎駅であったが、その変わりように驚く。以前は薄汚い駅舎に混沌とした駅前広場が山間の地方都市感を醸し出していた。また線路が海にドン付きの終着点らしい青森のような寂寞とした気配も見られない。新幹線駅らしい立派な駅舎に小綺麗なトイレなど、地方新幹線駅に良く見られる画一的デザインを垣間見た。改札を出て最初に西口に向かうと以前は無かった幕張メッセのような見本市会場が出来ている。他は特に何も無いので東口に回る。

 ここは電停があるくらいなので立派だが、それでも足りないのか巨大なビルが今まさに建設中であった。僅か20分足らずの短い新幹線でも地方にしてみれば産業発展の要なのであろう。土産物屋があるので中を徘徊する。カステラや「からすみ」など有名なものが並べられ、特に何か特徴があるわけではない。

 トルコライスを食べようと洋食屋に入る。「トルコライスください」と注文するが、種類が多いので選べとメニュを手渡される。中を見ると細かい字で様々な種類のトルコライスで埋め尽くされ、各種類には番号が振ってある。全部で数百種類。「番号で注文ください」そう言われたので適当な番号を告げると白いご飯とスパゲッティにカツが乗った皿にカレーがまぶしてある。ぐちゃぐちゃにして食べろということか。南に行くほど混ぜる食文化が発展するが、ここも沖縄に近いからかチャンプルー文化が存在するらしい。私は全体を混ぜてから頂く。しかしあまり美味いものではない。炭水化物が多いし油ぎったカツがあるので腸内細菌には最悪の食べ物であろう。こんなものを食べていたら脂質異常症になりそうだ。しかし残す訳にはいかないので全部平らげた。

 その後カロリー消費を兼ねて長崎歴史文化博物館まで歩くことにする。私は旅行にいくと必ずその地の博物館に行く。47都道府県は全て制覇しているので、最低でも47館は行っているはずだ。今回も長崎の歴史を学ぼうと博物館での勉強に半日を充てた。館内はさすがにオランダ貿易で発展した町らしく、見応え十分である。江戸時代は学問の中心地であり、長崎遊学なる言葉もあった。展示には長崎遊学で日本の発展に寄与した人物の紹介もある。平賀源内、緒方洪庵、柏原益軒、伊能忠敬など理工系学者。勝海舟、高杉晋作、坂本龍馬、木戸孝允、吉田松陰などの幕末明治維新の立役者。福沢諭吉、大隈重信、五代友厚、伊藤博文、前島密、井上馨、岩崎弥太郎、松方正義、大村益次郎などの日本の近代化に尽力した人などとにかく有名人が目白押しで展示をじっくり見ていたら時間が足りない。これに隠れキリシタン関係も加わるので3時間ほど見ていたら頭が満腹状態になった。展示の終わりの方に長崎奉行所が木造で再現してある。面白いのでしばらく畳の上でゴロゴロして寛いだ。
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しかしどこの地方に行っても博物館は人気が無いらしい。私は観光地として一級だと自負しているが、この博物館もガラガラである。ほとんど人を見かけない。だから奉行所の座敷で寝転んだりできるのである。これも博物館観光の醍醐味ではある。
posted by 渡邊政道 at 11:47| 日記